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自由になれない理由④

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私たちが生きる上で、常に忘れてはならない、大切な事があります。それは、

「支配を『する側』と『される側』の常識は、全く違う」

という事です。

さて、400年前に遡った江戸時代には、「身分制度」というものがありました。

当時の幕府は、儒教から派生した「朱子学」の教えを用いて、民衆を支配・管理していました。

その教えの根本に、「上下定分(じょうげていぶん)の理」というものがあります。この意味を簡単に言えば、

「世の中には、あらかじめ上の者・下の者といった身分が決まっているのだから、それぞれの立場をわきまえて生きなさい」

といった教えです。これを基とした有名な「士農工商」の身分制度が、結果的に幕府にとって大成功を収める事になります。

その証拠として、江戸幕府は、265年もの長きに渡って存続しました。

士農工商の中で、大半の85%を占めた「農民」は、「朝から晩までせっせと働く事」を義務づけられました。

農民にとっては、これが生きる上での「常識」であり、全く疑う余地すらなかったわけです。

仮に、農民たちに不満が出た場合には、その怒りの矛先は、一番下の身分とされた「商人」に向けられました。

「卑しいお金を扱う奴ら(商人ら)のせいで、自分たちの生活は苦しいのだ」と。

一番上の身分である「武士」ですらも、実はその大半は、貧しい生活を送っていました。

「武士は食わねど高楊枝(たかようじ)」と言って、「例え満足に食べていなくても、食べているかのように堂々と振る舞う事」を美徳とされました。

では、彼らのトップに立つ、ごく一部の「将軍」や「大名」たちの暮らしぶりは、一体どんなものであったか?

朝から晩まで、汗水を垂らして働いていたのでしょうか?

満足に食べていない事を見せる事なく、堂々と振る舞っていたのでしょうか?

とんでもない。

彼らの暮らしは、農民たちから搾取した年貢によって支えられ、豪華絢爛(けんらん)・贅沢三昧といった華々しいものだったのです。

これが、支配する側とされる側の常識の違いです。そして、忘れてはならないのが、この常識というのは、現代にもなお、色濃く残っているという事なのです。

~自由になれない理由⑤へ続く~

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