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「文章を書く事」で得られるもの 〜後編〜

ウメです。

ドラムという楽器や音楽というものに対して、「100%主観的」に関わっていた当時の私には、それらについてのコラムを書く事など、全く想像もつきませんでした。

それもそのハズ、私の中で「音楽とはハートで感じるものだぜ!」という意識が人一倍強かったため(今でも、その基本スタンスは変わっていませんが汗)、「言葉で説明するまでもない」「文章にすると冷めてしまう」と、勝手に思い込んでいた節があったのです。

その反面、音楽雑誌に載っている楽器に関する記事やレビュー、洋楽アルバムの「ライナーノーツ」等で、音楽を文章によって表現している人たちを見ると、「俺にはできないけど凄い才能だなぁ」と、感心してしまう事も多々ありました。

特に、「マサ伊藤」こと伊藤政則さんなんかは天才的で、ライナーノーツも魅力的だし底抜けに面白い。洋楽にハマっていた私は、ハードロックを聴きながら、引き込まれるように記事を読んでいた事を思い出します。

今にして思えば、当時の私は完全なる「プレイヤー」だったのです。とあるバンドのドラマー。それ以上でもそれ以下でもない。当然の事ながら、プレイヤーとしてのドラマーの表現方法とは、「ドラム演奏」や「ステージング」です。ドラムを練習して、ひたすらスキルを磨く。そのスキルをライブで良く見せられるよう、全体リハで確認する…。その繰り返しでした。それが好きな事であり仕事である以上、文章を書く必要など全くなかったわけです(笑)。

ただ、好きなアーティストや興味のある楽器に限っては、より詳しい情報を求めて活字を読む事はありましたが、それは飽くまでプレイヤー目線としての読み方であり、書き手として表現するといった発想はありませんでした。

そんな私でしたが、後にプロになるもCDは思うように売れず、やがてバンドは解散。音楽という大好きな世界で夢に破れ、大きな挫折や喪失感を味わいました。今にして思えば、まだ若かった当時の私は、音楽という巨大なジャンルの中ではほんの一部に過ぎない、「ドラマー」「プレイヤー」「表現者」等といった、狭い視野のみで勝負していたため、その他の無限の可能性や楽しさを、完全に見失っていたのです。

その後、一度は音楽から離れ、サラリーマンとしても社会で様々な経験をしました。それらの経験のお陰で視野も広がり、以前とはまた違った角度で音楽と関われるようになりました。不思議なもので、「ドラマー・コーディネーター」として、主にドラマーを「サポートする側」に立ち位置が変わってみると、今度は社会における音楽やドラムというものを客観視して、一定の距離感を保つ必要性が出てきたのです。

また、こうしてコラムを書き始める中で、「主観や情熱は大切だけれども、それだけでは限界があり、下手をすれば自己満足に陥ってしまう危険性もある」という事に気付きました。言ってしまえば、私自身はすでにドラムや音楽の素晴らしさの虜になっている人間。その立場から「音楽は魅力的だよ〜!」「ドラムって楽しいよ〜!」とだけ連呼した所で、あまり説得力はありませんよね(笑)。

それらの具体的な魅力やスキルを、皆さんにより分かりやすい形で伝えていく事こそ、今の私の役目だと思っています。その一環として、避けては通れないのが、「文章を書く事」というわけですね(汗)。これは、マーケティングの視点から言っても、音楽に限らず自身で何かビジネスを行う上では、重要なスキルになってくる事は間違いないでしょう。

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