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「バンド」の中でのドラマー

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1つの「バンド」を、メンバー全員で、より完成度の高いものに仕上げるという事を考えた時、ドラマーが、それぞれの楽器の役割を理解する事は、とても重要な要素です。

もしも、ドラマーが、ドラムの魅力だけを熱く語り、他のパートの演奏に全く目を向けず、いつも自分のプレイに酔いしれているとしたら?

そのバンドは、かなり危険な状態です(笑)…。

バンドという「共同体」であるにも関わらず、他の楽器プレイヤーやヴォーカリストとの関連性を無視して、自分のドラムプレイばかりを売り込む事は、非常にナンセンスです。

これは、仮に「超絶テクニック」を持っていたとしてもです。いや、そのドラマーにテクニックがあればある程、事態は深刻かも知れません。

ドラマーが、「ドヤ顔」でテクニックをひけらかすあまり、他の楽器や歌を邪魔してしまっているという「イタイ」状況。

不思議な事に、さほど音楽理論に詳しくないリスナーが聴いても、すぐに見破ってしまうものです。

「上手いんだけど、うるさいなぁ」
「もっと、歌をじっくり聴きたいのに」
「サビなのに、後ろで叩き過ぎじゃない?」

一般のリスナーほど、意見は正直でシビアです。私自身も、このタイプのドラマーを数多く見てきました。

そして、このような「ドヤ顔ドラマー」たちを見る度、「もったいない」と、私は、心の底から残念に思うわけです。

なぜなら、彼らは大抵、テクニック的には申し分ない程、成熟しているからです。私なんかはヘナチョコに思えてしまう位(笑)、単体で見ると皆、それはそれは上手いドラマーなのです。

しかし、あくまでも「バンド」である事を忘れてはいけません。私たちは、全パートが合わさった状態で「気持ち良い音楽」を、リスナーに届ける必要があるのです。

もちろん、理論やテクニックも大切ですが、私自身、結局、音楽とは「感じるもの」だと思っています。

プレイヤーの立場で言えば、リスナーに「言葉では説明し切れないような繊細な感情」を感じてもらうために、それらの「伝え方」として理論を学び、テクニックを磨くわけです。

ところが、「理論のための理論」「テクニックのためのテクニック」になってしまえば本末転倒で、これがプレイ中に見え隠れすると、逆にリスナーは興ざめして、心が離れていってしまうのです。

スキルが上がってくると、どうしても全てを出し切りたくなるもの。その気持ちをグッと抑えて、楽曲を生かす事に徹した時、そのドラマーは、他とは一味も二味も違った輝きを放ち始めます。

これが、バンドの「深さ」であり、「醍醐味」です。こういった視点で考えると、魅力的なドラマーとは、足し算よりも引き算の得意なドラマーと言えるのかも知れません。

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